したい事があるから行動をする、そして何らかの結果が生まれる、原因と結果の法則だ。
しかし現実は考えて動けないことが多い、それは選択肢が多い情報社会でもあるからだ、それと生まれもった優柔不断の性格もあるだろう。
だから何も考えないで行動をする。予めしたい事はみんなそれぞれ持ってるはずだ、本を読みたい、ゲームをしたい、登山や旅行、大なり小なりやりたいことはみんなしっかりあるはずだ。特に何もしたくない、とか将来やりたいことがない人もいるだろうが、それでも憧れからくるやりたい事の1つや2つ、できるできないはさておき何かとあるんじゃないかと思う・・・
それでも行動を起こせないのはリスクのせいだ、今はやらない、先送りにしておけば希望だけ残せて、やった結果が面白くなかったり、物事が上手く行かない時の気分の沈みを感じなくて済むからだ。だからこう考える様になった。先に手を動かす、体を動かす、最初の1歩は何も考えない、今綴っているこのブログも何も考えずにPCの電源を入れて、おもむろに手を動かし文字を打っている。
なぜかはわからない、ぼんやり文字を打ちたいと言う衝動に駆られたので、何も考えずにとにかく行動に移した。この結果は、文字を打ちたいと言うことがぼんやりとした目的であるので、この記事の完成度にそれほど注力していませんが、最近思っていた内容をアウトプットできて何だかスッキリしている。
行動の後には何かしらの結果が生まれます。それは今の筆者のような気持ちがスッキリすることや、この記事が誰かの悩みの解決になり、購読者数が数字に現れる物理的な結果の生じ方もあるだろう。行動の先の結果が良いとか、悪いとかはどうなるかわからない、でも何も考えずに行動を1つ踏み出した事、それだけで大きな事だ。仮に結果が面白くなかったり、特に得るものがなかったとしても経験値としては積み重ねられたことになる。そもそも行動に移す前はとにかく始めるために具体的な計画や目標をもたないでぼんやりとやりたと思うことを何も考えないで最初の1歩を踏み出すことで始めたことだ、これがもし具体的な結果を得ようと綿密な計画と目標を持って行動したとしたら望んだ結果と現実の結果に失望するダメージは大きいだろう。当然うまく行けばその分喜びは大きいだろうが、計画と言う細かなハードルを立てて、クリアするには相当体力を使用することが予想できる、筆者にとっては想像するだけで疲れてしまう。そして失敗と言う言葉を調べてみたら「方法がまずかったり情勢が悪かったりで、目的が達せられないこと」らしいのだ、過度な目標は持たない方が良いかもしれない。
なんでも行動前にいろいろ考えてしまう、それは大まかなリスクを予見するために必要なことだ、でもそのリスクを言い訳に先延ばしにしていると、時間はいくらあっても足りないし、何も成長しない、そしてこれは最近よく思うことですが、失敗をすると落ち込む、イライラしますよね、でもこの失敗による落ち込み、イライラの感情をプラスに捉えて変換することや、失敗自体を受け入れる強さを身につけることが、人生をよりよくすることにつながるんだと言うことです。自分が失敗だと思うことが、本当に失敗なのかはその時点ではわからないからです。今後この失敗が次に生かされれば失敗ではなくなるし、むしろ失敗はつきものだと言うことをなぜ今まで頭になかったのかと今だになって思う、ちょっと躓いたらもうその時点で終了だった、ひとたび行動を始めたらパーフェクトに上手くいくと言う身勝手な幻想があったからだろう。
今少し躓くことですぐに落ち込んだり、諦める事が多い人ほどたくさん行動し、失敗は付きものだと言うことをまだまだ知る余地があります。そのうち、失敗🟰チャンスになってきます、この失敗は今後役に立つぞと思える様になれば人生の充足感が満たされるはずです。失敗のあとも解釈を加えて新しい意味を後付けできるのは人間の能力でもある、だから成長できるんだ、このことも肝に銘じておきたい、今日この頃。


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